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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

そのくせ、衣服は埃ひとつつかぬほどに入念にブラッシをかけられ、頭髪にも丁寧に櫛目が入れられてある。思うに、この優雅な下手人は、自分が手がけた屍体に充分な儀礼をつくし、かつ己れの趣味の高さを誇示するため、屍体を吊り下げるに先立ってこのような慇懃な方法をとったものであろう。

しかし、そんなことはどうでもよろしい。第一に問題にされなければならないのは、この紳士の素性である。今いったように、個人の特徴はそのような事情で散々に破壊されているが、しかし、その他の部分からでも大体の素性を察しられぬことはない。柳の枝のようなしなやかな長い指にしろ、福々しい大きな耳にしろ、この屍体が生前非常に高級なジャンルに属していたということが明瞭に見てとられるのである。何にもまして決定的なのは、右の小指に嵌められた大きなダイヤモンドの指輪である。それは形においても質においてもはなはだ非凡なものであって、皇帝に拝謁したすべての人の眼を駭ろかしたその指輪であった。

ああ、して見ると、この時計台の首吊人はやはり王様なのに違いないであろう。この考えは、だれの心にも疑念を入れる余地のないかたちとなって、重苦しくのしかかって来るのだった。