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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
その、あなたの身内の手にかかって惨めな殺されようをさせたくねえのでございます。この通り、七重の膝八重に折って、お情におすがり申しやす。なにとぞ、おきき入れになって。……一生恩に着やす」
つぶらなる眼頭にきらめくは露か涙か。惻々たるその音声にも男の真情が偲ばれてなかなか憐れ深いのであった。
前田の大親分は深く腕を組み、月に顔をふり向け、黙然とこの長台辞をききすましていたが、やがて、静かに腕をふりほどき、
「野毛山の、乾分は可愛いもんでございます。いかにもお委せ申しましょう。一生恩にきせます」
クルリとトラック隊の方にふりむくと高く片手をさし上げて、
「引上げ」
と命令した。前田の大親分と駒形伝次はトラックの上に乗り移り、車上から軽く会釈をする。トラックの大列はそこで百八十度の廻転をすると、今きた常盤橋の方へ、一糸みだれず蕭々と引上げて行くのであった。
霜を帯びた胡麻竹が匕首のように光る。その陰を六七人ずつ一団になった黒い影が三陣四陣になって、地を舐めるようにして四方から廃屋の方へ詰め寄って行く。その円陣の間を、伝令がチラチラと駈けちがう。しかし、それも一瞬の事で、蠢いたり、匍い廻っていたりしたものの影は、まもなく雑草に埋もれてひっそり動かなくなってしまった。