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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

さ、これで一分たった。あと一分……あと三十秒……あと十秒……」

噴水の鶴を囲む大群衆は固唾をのんで一斉に鶴の口元をみまもる。咳一つする者はない。壇上の博士は時計の秒針を覗き込みながら今正に片手を挙げて九時十二分の合図をしようとする、息詰るような瞬間。

やがて博士は自信に満ちたような面持でサッと空ざまに腕を挙げた。――が、鶴は鳴かなかった。灼けつくような期待のうちに五分経つ。

鶴は鳴かぬ。

十分経つ。

鶴は依然として素知らぬ顔で幽玄に水を空に噴き上げている。鶴は歌を忘れてしまったのであろうか。

幸田節三の面にも兼清博士の面にも包み切れぬ不安と焦慮の色が表われ、群衆の間ではそろそろ不平の呟やきが聞こえ始めた。三十分経ったがとうとう鶴は鳴かない。この時群衆を押分けて演壇の上に駈け上った一人の壮士風の男。群衆の方へ向き直ると芝居染みた邀越な口調で、

「諸君、詐欺だ、ぺてんだ! 我々は嵌められたんだぞ! さっきメタルを貰った酒月って野郎の娘はこの幸田節三の妾なんだ。誰れも知らねえと思って八百長をやったンだ。噴水の鶴が唄うなんて言い出したのはこの酒月なんだぜ。