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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

幸田節三はこんな頼りない歌手を売物にして、大胆にも金三円の年極購読予約券を売りつけ、およそ三千人からの見物を池の周囲に集めてしまったが、果して定刻を卅分過ぎても一向に鶴は鳴かない。これだけでもただでは済まぬのに、一人壮士風の背広服が飛び出して、これは日比谷公園園丁長酒月守と幸田節三の二人で仕組んだペテンだと、裏の事情を素っ破抜いたので、激昂した見物は八方から幸田の方になだれ打ち、アワヤ鉄拳の雨を降らそうとした途端、たとえていうならば峯の松吹く朝風のようにも清く爽やかな声で、噴水の鶴が歌を唄い出したのである。

この瞬間、日比谷公園池畔の大活劇はフッと切れた映画のように急にその動きを停めてしまった。拳を振上げたものは拳を振上げたまま、幸田の襟首を掴まえたものはその襟に手を掛けたまま、無惨にも地面へ鼻面を摩りつけられた幸田節三さえもアングリと口を開けたまま、活人画の人形のように動かなくなってしまった。いや地上の活劇ばかりではない。この池を取巻く森羅万象、――市政会館の大時計さえも、ハタと時の歩みを止めたかに見えたのである。

青銅の鶴は水に濡れた羽交をキラキラと薄陽に光らせ、ああ、今にも飛び立つか、憧がるるがごとくに天心に嘴を差しのばしながら、天竺雪山に棲む迦陵頻伽もかくあろうかと思われる妙音で喨々と唄いつづけ