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わかむらさき
わか紫
泉 鏡花
「新小説 第十年第一卷」1905(明治38)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 37,708 字 · 75 页
鞠がはずんで潮に取られ、羽根が外れて海に落つれば、切立のその崖を、するすると何の苦もなく、蟹を捕え、貝を拾い、斜に飛び、横に伝い、飜然と反る身の軽さ。小児同士が喧嘩して及ばぬ敵の迫る時も、腕白な悪戯を薪雑木で追わるる時も、石垣が逃げ場所で、ぴたりとひそんで縋るとそのまま、衣服の裳のそよそよと、潮に近き唐撫子、手に取る術はなかったそうな。
泳ぎはもとより、木も攀ずれば、峰も谷も駈け歩行く。
中にも大島を遥かに望んで、真鶴の浜に対向う、熱海の海の岸一帯、火山が砕けた巌を飛び飛び、魚見岬に行く間、小石にも白波や、貝殻にも潮の花。さらさらと、さらさらと、ちらちらと乱れる上を、真珠に似たる爪尖で、お鶴は七八ツの時分から、行ったり来たり我が庭同様。
しかも人となるに従うて、天の成せる麗質あり。
手も足も庇わずに、島の入日に焼かれながら、日金颪を浴びながら、緑の黒髪、煙れる生際、色白く肥えふとりて、小造りなるが愛らしく、その罪のなさ仇気なさも、蝴蝶の遊ぶに異ならねど、浪打際に岩飛ぶ風情を、土地の者は渾名して、千鳥々々というのであった。
娘ならば、竜宮のもうし児であると称えても、茄子の種子を云々より、恐らく聞くものは疑うまい。