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やまうらきよまろ

山浦清麿

吉川 英治

「講談倶楽部 臨時増刊」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,573 字 · 91 页

青空文庫

『承知いたしました』

その使が出た後で――

『お世話になったが、明日、出立しようと思います。寺に有合せの、古笠古脚袢で結構です。お恵みねがいたいものだが』

『お易いこと。……だが一体、どこへ行くんです』

『皆目、的はございません』

『的もなくて』

『どうか成りましょう。江戸でいけなければ上方、上方で人間になれなけれあ、中国、九州。――土と鉄気のある土地なら、鍛冶小屋の一軒ぐらいは、どこかに建ちましょう』

浄明はその晩、彼を炉ばたに招いて、芋粥に一杯の酒を温めてくれた。

(人に顔を見られぬうち――)

と、翌る朝は、暗いうちに起き、浄明にも黙って、そっと庫裡の横から戸を開けて出た。

朝の月が、まだあった。

虚空山も、戸隠山も、黒姫も、眠たげな霧につつまれている。ポトポトと、そこらの松や破れ廂から、露が降っていた。

――二足、三足、歩き出した時だった。

露の音すら耳だつ暁方の静寂を破って、ふいに、ぐわあん!――と大空が鳴った。

『おやっ? ……何だろう』

川中島の疎林の上へ、ばッと、小鳥の影が埃みたいに立った。

と、思うまに又、

轟ン――轟んっ――

朝の雲が、裂けるかのような、強い響きである。