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やまうらきよまろ

山浦清麿

吉川 英治

「講談倶楽部 臨時増刊」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,573 字 · 91 页

青空文庫

二

攻め上った。

為に、支那は、香港を奪られ、上海を割かれた。

味をしめた利権占領軍は、南風を窺って、次の獲物――日本の近海を、游弋しつつあると、説く者がある。

海防の警鐘は、頻りと鳴って、

(日本、準備せよ)

と、憂国の声は、しきりと伝わる。

だが、江戸は醒めない。

ここの民衆は、余りにも、幕府だけを知っていて、日本そのものの本来の相と、日本全体が見えなかった。

――そうした今年の江戸の夏。

山の手の四谷の一劃は、屋敷町の閑寂な木立に、蝉しぐれが啼きぬいていた。

ただ此頃のこと、この界隈に、炎天の真昼も、時には深夜でも、異様な音が、左門町の木の間から流れてくる。

カーン!

テーン! カーン!

冴えた鎚の音であった。

二

『窪田先生。あれは、お宅ではないのか』

庄内の酒井家の臣、加藤宅馬と松平舎人の二人が、ふと客間の書院で、耳を欹てて訊ねた。

主人の窪田清音は、

『ム。あの鎚音でござるか』

と、微笑をうかべた。

『そうです。時節がら、鎧でも打たせておいでなさるとみえる』

『刀鍛冶じゃ』

『ほ。――御邸内に、刀鍛冶がおるとは御重宝な』

『そう、重宝でもない。見所のある者故、物置小屋を直して、鍛冶小屋に与えてはおるが、若いし、容貌はよし、天才肌な男なので、女に好かれて困る』