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かげおとこ

影男

江戸川 乱歩

「面白倶楽部」1955(昭和30)年1月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,133 字 · 310 页

青空文庫

不思議な老人

一面の白砂の中に、さしわたし一間ほど、丸くどろによごれた個所が残った。もうその表面は固体のように動かなかった。キラキラとまぶしく光る真昼の陽光が、その上を静かに照らしていた。あの黒いトビは、さきほどよりもずっと低く、その上に輪を描いてとんでいた。

不思議な老人

影男はその恐ろしい光景を目撃したわけではない。ただ殺人業者たちに案を与えたにすぎない。

それでも、その案がみごとに実現されたと聞き、富豪からの謝礼金の分けまえを分配されたときには、実にいやな気持ちがした。もがき叫びながらどろの中に沈んでいく美しい女の姿が、むざんな幻影となってかれを苦しめた。

この憂さはらしには、遊蕩紳士殿村啓介に変身して、いまわしい記憶を洗い落とすほかはないと思った。影男は、速水、綿貫、鮎沢、宮野などの別名を持っていたが、殿村啓介はそれらの別名の一つで、希代の遊蕩児であった。底なし沼事件ののちの数日間、影男はその殿村啓介になりきって、紅灯緑酒のちまたを遊弋した。

そして、その晩は、銀座のキャバレー『ドラゴン』のフロアの正面、最上の客席の一郭を占領していた。京の祇園から呼びよせただらりの帯の舞い子が四、五人、柳橋の江戸まえのねえさんたちが四、五人、西洋道化師に扮装した幇間が四、五人、キャバレーの盛装美人が七、八人、それらおおぜいの