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かげおとこ

影男

江戸川 乱歩

「面白倶楽部」1955(昭和30)年1月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,133 字 · 310 页

青空文庫

もし、かれが頭の真上を見上げたならば、そこには丸い大きな笠のようなものが、あるいは屋根のようなものが岩上三メートルほどの空中にぶらさがっているのを知り、たちまちこの魔法の秘密を悟ったであろう。その丸屋根のようなものは、いったいどこからさがっていたのか。まさか空中に漂っていたのではあるまい。そこにこの目くらましのいっさいの秘密があった。

影男ほどの知恵者が、これに気のつかぬはずはない。しかし、とっさには、そこまで考える余裕がなかった。地底の洞窟が、たちまちにして際涯のない大海原に一変した不可思議に、ただあきれ果てているばかりであった。

そのとき、かれのすぐ目の前の海中に、不思議な現象が起こった。

その個所だけ異様に波だったかと思うと、おそろしく巨大な魚類の尾びれが、白い水しぶきを上げた。その尾びれは五月のぼりのコイほどの大きさがあった。ひればかりでなく、魚類の下半身が波間におどった。銀色に光るうろこの一枚一枚が一寸ほどもあった。

いや、それよりももっと驚くべきことが起こった。その巨大なさかなは、人間の顔を持っていた。ひらりと身をひるがえして、上半身を水面に現わしたとき、その上半身は、まばゆいばかり美しい人間の女性であった。