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かげおとこ

影男

江戸川 乱歩

「面白倶楽部」1955(昭和30)年1月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,133 字 · 310 页

青空文庫

そのけしきからは、むせ返るような脂粉の香が立ちのぼっていた。そして、もっと不思議なことには、全山が絶えまなく、うようよとうごめいているかに感じられた。

目の前は急な山すそになっていて、その底にかれは寝そべっていた。遠くの山容から、前の山すそに目を移すと、その山には無数の目と、無数のくちびると、無数の手と足とがあることがわかってきた。かすりのように点々として黒いものが見えるのは、女たちの髪の毛であった。顔の上に太ももが重なり、腕と腕とがもつれ、なめらかなかっこうのよいおしりが、無数に露出していた。それは幾千幾万とも知れぬ裸女を積み重ねた人肉の山であった。死体の山ではなかった。それは皆生きていた。生きて積み重なっていた。

影男は、やっとそれを気づいたとき、自然に口がぽかんと開いてしまった。そして、大きな口をあけたまま、痴呆のように、この圧倒的な人外境の風景に見とれていた。

かれが寝そべっていた柔らかい谷底が、やはり女体によって構成されていることがわかった。それは揺籃のようにかすかにうごめいていた。暖かくて、脂粉の香に満ちていた。そこにも無数のにこやかな美しい顔が横たわっていた。