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かげおとこ

影男

江戸川 乱歩

「面白倶楽部」1955(昭和30)年1月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,133 字 · 310 页

青空文庫

だから、あたしのかあちゃんもきっと空にいるんだわ。そして、ハトになれば、かあちゃんに会えるんだわ。でも、ハトはそんなに高く高くのぼれるかしら……」

さち子は三歳のときに実母と死別したので、その顔はうろ覚えだったが、暖かいふっくらとした乳ぶさと、やさしい笑顔が幻になって、いつでも目の前に浮かんできた。そのころは、おとうちゃんも、まだ飲んだくれにならないやさしいおとうちゃんであった。

「ねえ、きみ、今川焼きがどうしたの? それから、空を飛ぶってなんのことなの?」

突然うしろから声をかけられて、びっくりした。おずおず振り向くと、ネズミ色のオーバーを着て、ネズミ色の鳥打ち帽をかぶった、すらっと背の高いおじさんが立っていた。

それを見ると、さち子の顔がにわかに陰鬱になってしまった。楽しい夢がどっかへふっ飛んで、つらい浮き世が帰ってきた。彼女はうわ目づかいに男を見上げて、おしだまっていた。

「きみは大曾根さち子ちゃんだろう。ね、そうだろう」

少女はニコリともしないで、わずかにうなずいてみせた。

「そうだね。今、花を売って、おうちに帰るところだね。きみはかわいそうな子だね。