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かげおとこ

影男

江戸川 乱歩

「面白倶楽部」1955(昭和30)年1月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,133 字 · 310 页

青空文庫

「ジャンゴ。もうまいったのか。チンチンだ。ほら、チンチンだ!」

美女の赤いくちびるから、獅子使いの激しい声がほとばしった。鏡面の百千の赤いくちびるが同時に動いた。そして、ピシリッと、こんどは男の背中にむちが鳴って、みるみるかれの太った背中に赤い毛糸のようなあとがついた。鏡面の百千の背中に、百千の赤い毛糸がはった。

ジャンゴとはこの雄獅子の愛称なのであろう。かれは不思議なかっこうで中腰に立ち上がると、両手をネコの手にして、胸の辺でモガモガやりはじめた。上から、横から、うしろから、前から、無数の奇怪なチンチンモガモガが、鏡面に目まぐるしく交錯した。

「よろしい。こんどはお馬だ!」

そして、むちが宙にはためく。

獅子男は四つんばいになった。鏡の中の百千のはだか男が四つんばいになった。そして、ぽかんとひらいた厚いどす黒いくちびるからよだれをたらして、けだもののような卑屈な、狡猾な横目で、女獅子使いのさっそうたる立ち姿を盗み見た。百千の狡猾な目が、百千の女を、あらゆる角度からなめまわした。

空中曲芸師のようにしなやかで敏捷なだんだら染めの美しいからだが、ひらりと雄獅子ジャンゴの背中にまたがった。