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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页

青空文庫

8 文学と科学とに於ける共変法則

一

ここに科学的批評家の立場もあるのである。モーラリスト(人によっては之を哲学者ともジャーナリストとも呼んでいるが)にして初めて、科学と文学とを正当に対比し得る。

(一九三五・一一)

8 文学と科学とに於ける共変法則

一

わが国では現在、文芸乃至文学と云えば主に散文を意味する、特に小説が第一に思い浮べられる。併し散文が文学として資格を得たのは、中世の末期乃至はルネサンスからであろう。Abelardus(+1142)の H※(アキュートアクセント付きE小文字)lo※(ダイエレシス付きI小文字)se に対する恋文や、又は下ってデカメロンなどが、近世散文文学の形式を決めたと考えられるだろう。一体散文は韻文詩の規則を無視したという点に於てロマンティークな文学にぞくすると云わざるを得ないが、ルソーの今云ったアベラルドゥスに倣った「新エロイーズ」(Julie ou la Nouvelle H※(アキュートアクセント付きE小文字)lo※(ダイエレシス付きI小文字)se)が、近代ロマンティシズムの初めだと云われることは無意味ではない。ギリシアに於ては文学は殆んど凡て詩を意味した。