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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

「思想としての文学」三笠書房、1936(昭和11)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 页

青空文庫

々徹底的に馬鹿で、小林秀雄一人が物が判っていることになるが、之はどうしたものだろう。概念や理論が例の直観的な影像なるものの外になぜ必要かということは、之又もう一つのトルイズムだが、之に対しては彼は何等の渡りをつけていないようだ。彼は概念や理論に就いての影像を少しも正確に持てないらしい。影像に就いての影像しか持てないらしい。困った哲学である。

概念や理論はどうでもいいかも知れないが、之によってしか把握されない客観的世界が人間というものには大切なのだ。ただのプロセスである心理や論理が必要なのではなくて、客観的世界のプロセスが必要なのだ。そこにこそ初めて論理も真理もある。そんなことの判らない小林でもあるまい。併し小林にとって大事なのは彼自身で、而も特に彼のイメージの世界「夢」の世界が、この高価な金魚にとっての金魚鉢なのである。客観的世界はどうでもいい、それには金魚鉢のガラス越しのパースペクティブで沢山だ。真実や実在は自己自身の内にだけ横たわる。歴史と云い伝統といい、社会と云い、政治と云い、自然と云い、彼によれば権威力を欠いたただの紙上のパースペクティブに過ぎない。