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はくはつき

白髪鬼

江戸川 乱歩

「冨士」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年4月~1932(昭和7)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,046 字 · 224 页

青空文庫

美々しく飾った専用の客間で待っていると、仕立て卸しの洋服を着た川村義雄を先に立てて、愈々嘗つてのわしの愛妻瑠璃子が這入って来た。しずしずと這入って来た。

川村の紹介の言葉につれて、彼女はしとやかに挨拶した。

見覚のある、わしの好きな柄の和服姿、頭に指に、光り輝く宝石、薄化粧の匂やかな頬、赤い唇。アア、何たる妖婦であろう。夫を殺し、我が産み落した子供をさえしめ殺して悔ゆる所なき極悪人でありながら、このなよなよとした風情はどうだ。この顔の美しさはどうだ。美しいよりも、寧ろ艶かしいのだ。

わしは思わずゾッと身震いを禁じ得なかった。この愛らしい顔をした女が、果して最後まで憎み通せるだろうか。如何なる鉄石心もこの妖婦にあっては飴の様にとろけてしまうのではあるまいか。ドッコイ狐につままれてはならぬぞ。しっかりしろ、お前は復讐の神に捧げた身ではないか。

わしはグッと心を引きしめ、例の練りに練った作り声で適当に挨拶を返した。

瑠璃子は無論このわしが、嘗つての夫であろうとは少しも気がつかぬ。変り果てた白髪白髯、それに肝腎の両眼は黒眼鏡で覆われているのだ。いくら昔の女房だとて、これが見分けられるものではない。