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はくはつき

白髪鬼

江戸川 乱歩

「冨士」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年4月~1932(昭和7)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,046 字 · 224 页

青空文庫

そして、ちょっとでも心に隙があったなら、大きな真黒な口を開いて、ガブリと人を呑んでしまうのだ。お多福の面のうしろ側には、怖い鬼の面が隠れているのだ。

わしはあんまり幸福すぎた。それに殿様育ちのお坊ちゃんで、世間というものを、まるで知らなかった。

丁度結婚後二年目の終りに、わしはチフスを患って、しかもそれがこじれて、三月というもの、病院生活をしなければならなかった。と云って、何もそれが、直接わしの幸福を奪ったというのではない。長びいたけれど病気は全快したのだ。全快したばかりか、チフスという病の有難いことには、それまで何となく弱々しかったわしの身体が、病後はめっきり健康になった。一度抜けた髪の毛も、前にもまして黒々と生え揃った。年までも、二つ三つ若返った様な気がした。

病中、妻の瑠璃子は毎日病院へ見舞いに来てくれた。川村も妻にまけぬ程、しげしげわしを見舞ってくれた。アア、かたじけないことだ。わしを愛していればこそ、いまわしい伝染病を気にもとめず、瑠璃子は、川村は、わしを慰めに来てくれるのだ。妻や親友が今までの幾層倍も有難いものに見えて来た。――考えて見ると、わしはまあ、何という鈍感なお人好しであったろう。