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はくはつき

白髪鬼

江戸川 乱歩

「冨士」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年4月~1932(昭和7)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,046 字 · 224 页

青空文庫

しかも、その下り坂は急転直下、千仭の奈落へと続いていたのだ。

わしは再びスックと自席に立上った。

「皆さん、この機会に、ちょっとご披露申上げたいことがあります。外でもありません。実は私自身の身の上に関するご報告であります。川村君の幸運には及びもつきませんが、私もいささかの喜びを皆さんにお知らせすることが出来ますのを、欣快に存ずるものであります」

それを聞くと、一座の騒ぎはピッタリ静まって、人々は好奇の目をみはって、わしを眺めた。

「謹聴、謹聴」の声が各所に起った。

「突然の御報告で、皆さんは定めしびっくりなさることでございましょう。イヤ、そればかりか、あのひからびた老人がと、御失笑を買うに相違ありません……思切って申上げましょう。実はこの年まで独身を通した私が、近く妻を娶ることになったのでございます。枯木に花咲く幸運にめぐまれたのでございます」

ここまで云うと、余りに意外な報告に、一座はしいんと静まり返ったが、次の瞬間百雷の拍手が湧き起った。

「お目出度う」「お目出度う」の雨。

「あなたの新妻となる果報者は誰です。早くその名をおっしゃい」と質問の矢。

わしは思わせぶりに、二つ三つ咳ばらいをして、さて、わしの正面にいる川村義雄の顔をじっと見つめながら、愈々婚約者の名前を披露する順序となった。