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はくはつき

白髪鬼

江戸川 乱歩

「冨士」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年4月~1932(昭和7)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,046 字 · 224 页

青空文庫

わしは例の覗き穴の前に立って、奇妙なものを眺めていた。

それは穴の中からニュッと突出した一本の腕であった。

人間の生きんとする執念は恐ろしい。川村はその三寸角程の小さな覗き穴から、外界へ逃げ出そうとしたのだ。最早可能不可能は問題でなかった。水死人が藁を掴む様に、彼はその小穴に縋りついた。

彼は最初、そこから首を出そうとしてもがいた。だが、覗き穴から見えている彼の顔面は、少しずつ少しずつ、下の方へ隠れて行った。コンクリートの天井が、もう覗き穴の平面まで来ていて、彼の頭をグングン圧し下げたのだ。

首はもう駄目だ。併し、まだ少しばかり隙間がある。そこから川村は右腕を差出した。腕丈けでも逃げ出そうとする、恐ろしい執念だ。

腕はだんだんしめつけられて行った。

五本の指が空中に舞踏を踊った。腕そのものが一つの生物の様に、のたうち廻った。

そして、断末魔だ。

五本の指がギュッと握られたかと思うと、二三度痙攣して、ダラリと開いた。同時に真直に延びていた腕が、汽車のシグナルの様に力なく斜めに下った。

奇妙な約束

わしは姦夫川村義雄を巨大なシリンダアの中で、彼の不義の子と共に、煎餅の様に押しつぶしてしまった。