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はくはつき

白髪鬼

江戸川 乱歩

「冨士」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年4月~1932(昭和7)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,046 字 · 224 页

青空文庫

わしの無表情な空ろの目から、涙ばかりが、止めどもなく流れ出した。

瑠璃子! 瑠璃子! あれは今頃、どうしているだろう。彼女もやっぱり、あの美しい頬に涙を流して、いとしい夫の死を悲しんでいるのかしら。アア、懐しい泣き顔がありありと見える様だ。

瑠璃子! 瑠璃子! 泣くのじゃない。泣いたとて帰らぬことだ。生き残ったお前には、やがて楽しい日が廻って来るだろう。何も泣くことはない。サア、涙を拭いて。笑っておくれ。お前の可愛らしい笑顔を見せておくれ。

アア、瑠璃子が笑った。あの笑顔。百たびも、千たびも、その美しい額に、頬に、唇に、胸に、口づけをしてやり度い。

だが、今は、永遠にそれのかなわぬ身の上だ。わしはよよと泣き伏した。泣いても泣いても泣き足りなかった。

たった壁一重だ。鉄扉一枚だ。その外には、暖かい娑婆の風が吹いている。日も照り月も輝いている。そのたった一重の障害物を突き破り得ないかと思うと、人間の無力がつくづくなさけなくなった。

わしはふと、嘗つて読んだ大デュマの『巖窟王』という小説を思い出した。その主人公のダンテスは、十何年というもの地下の土牢へ押込まれていたのだ。