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はくはつき

白髪鬼

江戸川 乱歩

「冨士」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年4月~1932(昭和7)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,046 字 · 224 页

青空文庫

極楽世界

極楽世界

あの事が起るまでは、わし程幸福な人間は、又となかったといっても、過言ではない。

先祖の居城がS市の真中に今でも残っているが、わしはそこで生れた訳ではない。わしの父の代に御維新が来て、子爵を頂く頃には、S市の港を眼下に見おろす、景色のよい丘の上に、立派な邸を建てて、一家はそこへ引移っていた。今では、その邸も遠縁のものの手で管理されているが、そこで育った子供の時分を回想すると、何かこう春風でも吹いて来る様で、懐かしくて耐らないのだ。

わしは生れて間もなく母に別れ、十七の時まで父の訓育を受けて育ったが、その父も死んでしまって、わしは十七歳という若い身空で、金満華族と云われた、莫大な財産の持主となった。

お金はあり余る。父母は死んでしまった。兄弟とてもないという、呑気至極な身の上となったが、わしは外の金持の息子の様に、酒色にふける様なことはなかった。父のきびしい教えが身にしみたのか、今思っても実に真面目な青年であった。

家は忠実な執事に任せて置いて、二十歳から二十八歳まで、高等教育を受ける為に、東京へ遊学した。その間の楽しさも忘れられぬ。わしには一人の賢い美しい男友達が出来た。