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はくはつき

白髪鬼

江戸川 乱歩

「冨士」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年4月~1932(昭和7)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,046 字 · 224 页

青空文庫

夫たるものがその妻と接吻するのが、接吻を盗むことになるのか。盗まねば接吻が出来ぬのか。

オイ川村、君を兄弟の如く愛していたこのわしを、貴様は盗賊の様に思って交っていたのか。

貴様は幸福そうだな。邪魔者のわしをなきものにして、さぞのうのうしているだろうな。だが、オイ、人非人、その美しい顔を、チョイとねじ向けて、貴様のうしろに息も絶え絶えに怒り悲しんでいる白髪の鬼を一目見ないか。どんなことがあろうとも、この恨みを返さずに置くものかと、復讐の一念に燃えるわしの目を見たら、にやけ男奴、貴様は余りの恐ろしさに気を失って倒れてしまうかも知れまいぞ。

それから長い間、ベンチに腰かけた二人は、わしの復讐心をはぐくみ育て、油をそそぎ、燃え立たせる為の様に、痴話痴態の限りを尽した。わしは怒りの像の様にほし固まって、じっとそれを聞いていた。見ていた。どんな些細な動作も、どんなつまらない一言も、わしは今に至るまで一つ残らず覚ている。だが、それをくどくど喋っていては、皆さんも飽きるだろう。姦夫姦婦の睦言はこれ位にして、話を先に進めよう。

さて、一時間程も楽しい睦言を続けていた姦夫姦婦は、やがて手を引きつれて屋内へと帰って行った。