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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
つれの赭熊の娘は驚いて引立てようとする暇もなく、凄まじい勢いで押出されて来た人数は、後から後からその上に将棋倒しになり、娘はその下に敷かれてたちまち見えなくなってしまった。この時真名古は大鴉が飛立つように駆け寄って来ると、押し重なった上置きを引退け※ね退け、娘の帯を掴んで力任せに車道へ引出した。
娘は死人のような顔色をしてぐったりと舗道の上に坐っていたが、幸いさしたる怪我もなかったらしく、まもなくそろそろと立上って、連れの娘と一緒に礼を述べるまでになった。真名古はうるさそうに眉を顰めて冷淡に頷くと、ツとその傍を離れて帝国ホテルの方へ歩いて行く。
林はそれを見ると慌だしく声を発し、
「おお、課長はホテルへ行くらしいが、課長が皇帝に逢う前に是非打合わして置かなければならぬ事がある。おい、伝次、儂はこれから課長を掴まえるから、お前はこれから走り廻って、鶴見組の奴等がなぜ幸田にそんな妙な喧嘩を吹っかけたのか、出来るだけ詳しく探ってくれ」
といっていると、伝次は又しても頓狂な声をあげ、
「あれあれ、御覧なさいまし。酒月と幸田が刑事に追われて逃げて行く」
いつもは賑やかな帝国ホテルのロビーも、さすがに元日の朝は人影もなくひっそりとしている。