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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
その者が捜査課長の位置にある関係上、本来ならばだれをさし措いても真名古に命ずるのが順序であろうが、今いったような訳なので当局は真名古を出し抜いて手っ取り早く適当な後始末をし、口を拭って知らぬ顔をしていた。林はそんなこととは知らないから、この間の事情を当の真名古の前でうっかり口を辷らしたので、さすがに冷静な真名古も胸中鬱然たる怒気を発した。いわば林の一言が火に油を注ぐような結果になったのである。真名古は慌てて機嫌を取結ぼうとする林を尻眼にかけ、帳場で辞職願を書き上げるとこれを懐中におさめ、茫然たる林をロビイに残してホテルの玄関を出て行った。
いうまでもなくこれから犯罪の現場なる有明荘へ赴こうというのであろうが、真名古の辛辣な捜査によってどのような大秘密が発覚し来るか。それは追々述べるとして、階下のロビイで以上のような精神的活劇が演じられているあたかもこのごろ、階上の貴賓用豪奢な一室ではこれに劣らぬ大苦悶が展開されていたのである。
前々回に於て御承知の通り、夕陽新聞の雑報記者古市加十が、その前夜すなわち元旦の午前三時ごろ、宗皇帝に誘われるまま赤坂山王台なるアパート有明荘に赴き、愛妾の松谷鶴子と三人で夜食を喰べ、四時ごろそこを辞して崖下の空地まで下りてくると、今別れたばかりの鶴子が天上から墜落して来た。