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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
ここまではよかったが、続いて入って来た給仕が恭々しく一通の電報を差出すので、多分遅刻を詫びた皇帝からの電報だと思い、急いで封を押切って読み下すと、意外にもそれは安南帝国の理事官長から宗皇帝に宛てた至急の暗号電報であった。よもやよもやと思っていたが、ボーイが躊躇の色もなくそれを加十に手渡しするところを見ると、ああ、加十は皇帝だと思い込まれているもののようである。すれっからしの修業をつむことを念願にしている古市加十でも、さすがにこれには仰天せざるを得ない。やや暫くの間は思慮分別を失って恍惚と突っ立ったままになっていた。
市井の一雑報記者が一国の皇帝に間違われたなどというのは、その事すでにあまりに幻想的、聡明な読者諸君にこれを事実と納得させることはなかなか困難なようである。いや、ことによったら馬鹿にするなと立腹されぬものでもない。何故かというに、古市加十が皇帝に見間違えられるわけはまず絶対にないことは、読者諸君がすでに御存知だからである。
なるほど面ざしはどこか似たところがあるが、一方は何万人に一人という侵し難い貴人の相を持ち、顎には秦の始皇帝のような見事な漆黒の髭を貯え、一方は一と眼で育ちが知れる極めて卑賤の相を持ち、かりに顎髭があるとしてもまだ生毛の程度に過ぎぬのである。