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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

加十は慌ててドアを閉ざすとそれに背を凭せて喘いでいたが、追々心気の鎮まるにつれ、この考えは少し妙だと思うようになった。自分を皇帝の身代りに処刑するなどという考えはどうも素っ頓狂なばかりでなく、かりにもしそうだとしたら自分を釈放する筈はなく、まして皇帝として待遇する謂なぞない。現にさっき溜池署長が、この事件はもう片附いてしまったのだし、新聞記者などは一人も嗅ぎつけていないのだから決して心配はないという意味のことを、極めて遠廻しに仄めかしたではないか。それが嘘でも陰謀でもないことは、身の置きどころもないようなあの恐縮ぶりによっても充分に察しられる。とすればやはり加十は皇帝と間違われたと思う外はないのだが。

加十は眉根に皺を寄せながら、粗雑な思考力を非常召集してあれこれと急がしく考え廻らしていたが、フト顔をあげて煖爐棚の鏡の方に眼を向けると、思わずアッと感嘆の声を発した。鏡の面に映っている映像は、それは皇帝でもなければ加十でもない。要するに眉間に皺を寄せた覆面の一人物に過ぎなかった。

加十がどうして皇帝に間違われたかといえば、それは次のような実に簡単な偶然によったのである。