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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

アパート有明荘の二階窓から約卅

尺の崖下に投身して自殺を遂げた

原因は厭世から

この広い東京で、このたった六行の記事を加十ほど感慨深く読んだものはあるまい。いな、加十ばかりではない、誰かこの事件の裏の事情を知っている人があったら、あまりにも無情な表裏の対比に思わず嗟嘆の声をあげたに違いない。

この辺が、「東京」を称して一と口に魔都と呼び慣わす所以なのであろう。われわれの知らぬうちに事件は始まり事件は終る。この大都会で日夜間断なく起るさまざまな犯罪のうち、われわれの耳目に触れるものはその百分の一にも当らない。それも、形象は深く模糊の中に沈み、たまさか反射だけがチラリとわれわれの眼に映じるのである。

この記事はたしかに読者諸君の眼にも触れた筈だが、その時、このたった六行の記事の裏にこれほどの波瀾が潜んでいることを誰一人みぬき得なかったでしょう。のみならず、事件は今始まったばかりだ。これまでの波瀾はほんの序曲に過ぎない。この自殺事件を提起として、まさに渾然たる犯罪の大管絃楽が演奏され出そうとしているのだが。加十はそんなことは知らない、一図に目的を失ったと思い込み、センチメンタルな声で、