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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
竜太郎は怨めしげに何かいいかけようとする鶴子の肩を抱きながら、
「ああ、どうも少し遅れ過ぎたようだね。それにしても朝日が昇るにはまだ間があるから、夜食をする名目がたたぬことはない」
と長閑な事をいうと、左手で古市の手を曳きながら大股に食堂に入って行ったが、たちまちチョッチョッと舌打ちをし、
「おお、これはいかん。お客の食器がないというのはどうも少し物足りないようだ。さア、鶴子さん、どうか不足なものをここへ出して頂きましょう」
鶴子は思わず脣を綻ばし、
「あなたにはとても敵わないわ。なんて妙ないい廻しばっかりするんでしょう。ええ/\、食事は差上げますが、それにしてもその前にこの方を紹介して下さらなくっては困りますわ王様」
「でもね、鶴子さん、私はこの人の名前を知らないから、かりに鶴野噴水君と名乗って貰うことにして、ともかく食事を始めることにしよう」
加十は立上ろうとする鶴子を制して、朦朧たる眼でマジマジとその面を瞶めながら、
「ああ美しいにも程がある! 一体こんな美人がこの世に存在していいものでしょうか。私ならばもう何も欲しくありません。そんなことより此処に坐っていて下さい。