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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

かとも思われる。

省線電車は高架線の屋根の上を轟然と驀馳し、砥道の谷底をトラックとタクシーが紛然と矢の如く行き交う。……あらゆる物音は雑然混然と入り混り溶け合い、大空をどよもして大都会の小夜楽を奏するのである。

広袤八里のこの大都会の中には無量数百万の生活が犇めき合い、滾り立ち、いま呱々の声を上げ、終臨の余喘に喘ぐ。ある者は陰険な謀殺を完了し、あるものは脳漿を撒き散らしてこの世の生を終ろうとする。大都会こそは阿修羅地獄絵の図柄そのままに、阿鼻叫喚の苦悩図を描き出す。この甍の一つ一つの下にどのような悲劇が起き、どのような罪悪が秘められるか、ほとんどそれは測り難いのである。この大都会で日夜間断なく起るさまざまな犯罪のうち、社会の耳目に触れるものはその百千分の一にも過ぎず、他の凡百の悪計と惨劇はわれわれの知らぬうちに始まり、われわれの知らぬうちに終る。

前回、安南帝国皇帝附き諜報部長宋秀陳が日比谷公園の池畔に立って、五彩の光暈で包まれた周囲の高い建物を見上げながら、この魔がしい大都会の大気の中に、さながら空気中のアルゴンの如くに無慮無数の魑魅魍魎がほしいままに跳梁跋扈しているように感じられてならぬと嗟歎したが、げにもっともな感想であった。