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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

「小使さん、小使さん」

なかから婆の嗄れ声、

「まあ、どうしたというんだろうね。……はいはい、お馬婆ですよ、何です何です、急病人でも出たのですかえ」

加十は埓もなく、

「大変だ大変だ、松谷鶴子嬢が自殺した。……いや、こんなことを言ってはいけないのであろう。お鶴さんが重病だ、いや、急病で急病で、早く医者の迎えを頼む」

お馬はモゾモゾと起き上りながら、口の中。

「おや、死人が出たと。元日から縁起でもねえ」

と舌打ちしたのち、布団をかぶったまま声だけは愛相よく、

「おやおや、そりゃ大変だ。はいはい、承知いたしました、早速迎えに参りますでございます」

加十はまた二階へ取って返す。見ると安南王は寝室に隣る食堂の卓前に坐って、今や泰然とウイスキー・ソーダーの杯をあげている様子だから、加十も腹を立て、

「何をしようとあなたの勝手です。酒を飲むならお飲みなさい。それはいいとして、一体どうしてあんなことになったのですか」

と、安南王はいかなる酔漢もこれほど沈着ではあり得なかろうと思われるような沈着な口調で、

「ああ、知りませんね」

とただそれだけ。膠もない挨拶である。

「知りませんねえとは寛怠至極。