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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

のだと思う他はない。加十は小一時間近くベンチの上に坐って呻吟を続けていたが、やがて予期せざるインスピレーションのお見舞を受け、思わずピョンとばかりベンチから跳ね上った。

加十が北大の土木科に蛍雪の功を積んでいるうち、浅見博士の「徳川時代の上水道工事」の講義に追従するため、嫌々ながら、「享保撰要類集」や大久保主水の「天正日記」の古地図を引繰り返して、大伏樋の配置を研究した憶えがある。その記憶によれば芝田村町からこの日比谷ヶ原一帯の地下には、神田、玉川二上水の大伏樋が、さながらクレエト島の迷路のように縦横無数に交錯している筈なのである。

武蔵野はもと沼沢沮洳たる荒野原で、井戸を掘れば、汚水にあらざれば満潮干潮をほしいままにする海水が湧き出し、すこぶる清浄な水に乏しかった。家康はこの地に府を開くに当り、赤坂溜池及び神田山の下を流れる水を市中に疎通せしめて僅かに需用を充たしたが、常に混濁且つ涸渇するので、天正十八年大久保藤五郎に命じて上水池を検せしめたところ、井の頭池の水が飲用に適するを発見して神田上水を布設させたが、三代将軍家光の寛永年間には、玉川清右衛門に多摩川を水源にする玉川上水を設けしめ、さらに元祿年間には河村瑞軒の設計によって石神井村三宝池を水源とする千川上水を通じ、市井に大樋を伏せ、各所に溜井戸を設け