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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

真名古は聞きすましていたが、不意に顔をあげて、

「君が「すず本」を出たのは何時だったね」

「ちょうど午前四時半でした。窓から出ようとする時、階下の時計が四時半を打ったのをはっきり覚えています」

「その時たしかにハッチソンは君と一緒にいたんだね」

「ですから、今申し上げましたように……」

「それで、君はミリアムとハッチソンの二人と話したきりなのか」

「はい、そうです」

「他の部屋へは行かなかったかね」

「参りません。行く必要もないのですから」

「よろしい、退ってくれたまえ」

ここでまたもう一つの新事実が発見されることになった。これは真名古にとっても実に容易ならん不意打ちだった。ヘンリイが岩井の部屋へ行かなかったとすれば、やはり岩井は今朝「すず本」を脱け出しているのだ。「ある人物」こそこの事件の犯人だという万代不易な真名古の信念は、これによってまったく覆されてしまうかも知れぬのである。

ともかく、岩井が何のために「すず本」を脱け出したか、それを調べて見る必要がある。笑子が相手を遠ざけて岩井と組になったのは、もちろんその秘密めかしい岩井の行動を援けるためだったに相違ない。