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やまうらきよまろ
山浦清麿
吉川 英治
「講談倶楽部 臨時増刊」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,573 字 · 91 页
清麿は、今日まで、何処にいたとも語らなかった。――だが、彼の死後に現われた刀の切銘には、「長州萩城ニ於テ作ル」としたものや「村田清風先生ノ為ニ鍛ツ」と切った作刀がかなり見られるので、長州に潜伏していた事は、想像に難くない。
江戸に帰った後も、彼の生活は変らなかった。又、信念も変らなかった。
象山はあれから後、一度帰国したが、次の出府には、清麿も又、江戸に戻っていたので、木挽町に行くことも、前と変らない。
金子重輔と一緒に、吉田松陰と会ったのも、木挽町のそこの書斎であった。松陰とは、その時が初めてではない。清麿が長州にいるあいだ、幾度か、その人の風には接していた。自分よりはずっと年下であったが、清麿には、忘れ得ない人のひとりであった。
その松陰は、江戸からすぐ又、長崎へ向って立つと聞いたので、清麿は、自作の小柄一本を餞別にと持って、翌日、象山の家を訪うと、
『惜しかったの、もう今朝立った』
というので、彼は落胆して、帰りかけた。
すると、象山は、
『実は……』と、彼に松陰の旅行の大事を打明けて、
『わしも、松陰が立った後から、彼の大望を激励する意味で、一詩を書いたが、もう間にあわぬものと、ここに巻いて淋しく思うていた所だ。