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かげおとこ

影男

江戸川 乱歩

「面白倶楽部」1955(昭和30)年1月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,133 字 · 310 页

青空文庫

残されたたった一つの道は、屋根伝いに庭に降り、へいをのり越して外に出ることだが、そこには庭師とじいやが植木の手入れをしていた。

もし後日、毛利氏がなんらかの疑いを受けるようなことがあっても、同氏が二階にいたことは、全部の召し使いが証明するであろう。つまり、完全なアリバイを用意したわけである。けっしてにせのアリバイではない。毛利氏は、その時間のあいだ、二階座敷から一歩も出ないのだから、少しの欺瞞もないアリバイなのである。

ちょうど一時、一台の自動車が、板べいから一町もへだたった道路に停車した。毛利氏はすぐにそのほうに双眼鏡を向けて観察した。自動車が五、六間先のように大きく見える。自動車のドアがひらいて、ふたりの女が降りた。さきに降りたのは三十五、六の洋装婦人で、毛利氏の知らない女。そのあとから、二十五、六歳の非常に美しい洋装の女が降りてきた。彼女の傲然とした美貌が、すぐ目の前に見える。毛利氏を裏切り、ののしり、はずかしめた比佐子である。毛利氏はそれを見ると、ギリギリと歯ぎしりをかんだ。額の静脈がおそろしくふくれ上がった。

注意して、そのあたり一帯を双眼鏡でながめまわしたが、だれも見ている者はなかった。