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さいしゅうせんそうろん
最終戦争論・戦争史大観
石原 莞爾
石原莞爾『最終戦争論・戦争史大観』。同一底本的分册已合并为一书。收入:最終戦争論、戦争史大観。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,783 字 · 305 页
大王は祖国を欧州強国の列に入れんとする熱烈なる念願のため、軍事的政治的に最も有利なるシュレージエン(当時人口百三十万)の領有を企図したのである。シュレージエンはあたかも満州事変前の日本に対する満蒙の如きものであった。あたかも良し同年十月二十日ドイツ皇帝カール六世が死去したので、これに乗じ些細の口実を以て防備薄弱なりしシュレージエンに侵入した。弱国プロイセンに対する墺国女王マリア・テレジヤの反抗は執拗を極め、大王は前後三回の戦争に依り漸くその領有を確実ならしめたのである。大王終世の事業はシュレージエン問題の解決に在ったと見るも過言ではない。終始一貫せる彼の方針、あらゆる困難を排除して目的を確保した不撓不屈の精神、これが今日のドイツの勃興に与えた力は極めて偉大である。ほとんど全欧州を向うに廻して行なった長年月にわたる持久戦争は戦争研究者のため絶好の手本である。仕事の外見は大きくないが、大王こそ持久戦争指導の最大名手であり、七年戦争は正しく軍神の神技と云うべきである。
1、第一シュレージエン戦争(一七四〇―四二年)
大王は十二月十六日国境を越えてシュレージエンに侵入し、二、三要塞を除きたちまち全シュレージエンを占領し、一月末国境に監視兵を配置して冬営に入った。