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さいしゅうせんそうろん
最終戦争論・戦争史大観
石原 莞爾
石原莞爾『最終戦争論・戦争史大観』。同一底本的分册已合并为一书。收入:最終戦争論、戦争史大観。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,783 字 · 305 页
第五節 フリードリヒ大王の戦争
(一八○頁参照)
一八一二年ナポレオンのロシヤ遠征はこれと同一原理に基づく失敗であり、この種の戦争では遊撃戦(すなわち小戦)の価値が極めて大きい。
作戦は通常冬期に至れば休止し、軍隊を広地域に宿営せしめて哨兵線をもって警戒し、この期間を利用して補充、教育その他次回戦役の準備をする。時に冬期作戦を行なう事あるもそれは特殊の事情からするもので、冬期作戦に依る損害は通常甚だ大きい。故に一度敵地を占領して要塞、河川、山地等のよき掩護を欠く時は冬期その地方を撤退、安全地帯に冬営するのが通常である。
ナポレオン以後の戦争のみを研究した人にはなかなか想像もつかない点が多いのである。しかしこの事情をよく頭に入れて置かねばフランス革命の軍事的意義、ナポレオンの偉大さが判らないのである。
第五節 フリードリヒ大王の戦争
フリードリヒ大王が一七四〇年五月三十一日、父王の死に依り王位に就いた時は年二十九で、その領土は東プロイセンからライン河の間に散在し、人口二百五十万に過ぎなかった。当時墺(オーストリア)は千三百万、フランス二千万、英国は九百五十万の人口を有していたのである。