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さいしゅうせんそうろん
最終戦争論・戦争史大観
石原 莞爾
石原莞爾『最終戦争論・戦争史大観』。同一底本的分册已合并为一书。收入:最終戦争論、戦争史大観。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,783 字 · 305 页
墺国の外交は着々成功し露、スウェーデン、索(ザクセン)、巴等の諸邦をその傘下に糾合し得たるに対し、大王は英国と近接した。
また大王は墺国のシュレージエン回復計画の進みつつあるを知り、一七五六年開戦に決して八月下旬ザクセンに進入、十月中旬頃ザクセン軍主力を降服せしめ、同国の領有を確実にした。
ロ、一七五七年
敵国側の団結は予想以上に鞏固で一七五七年のため約四十万の兵力を使用し得るに対し、大王はその半数をもってこれに対応することとなった。大王は熟慮の後ベーメン侵入に決し、冬営地より諸軍をプラーグ附近に向い集中前進せしめた。この前進は当時の用兵上より云えば余りに大胆なものであり種々論評せらるるところであるが、大王十年間の研究、訓練に基づく自信力の結果でよく敵の不意に乗じ得たのである。
五月六日プラーグ東方地区で墺軍を破り、これをプラーグ城内に圧迫した。プラーグは当時既に相当の要塞になっていたので簡単に攻略する事が出来ず、五月二十九日より始めた砲撃も弾薬不充分で目的を達しかねた。ところが墺将ダウンが近接し来たり、巧みに大王の攻囲を妨げるので大王は止むなく手兵を率いてこれに迫り、六月十八日コリン附近でダウンの陣地を攻撃した。