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はくはつき

白髪鬼

江戸川 乱歩

「冨士」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年4月~1932(昭和7)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,046 字 · 224 页

青空文庫

帰って、一人部屋にとじこもり、気を静めていると、やがて、ボーイが来客を知らせた。川村義雄だ。彼奴め大阪行きの暇乞いにでも来たのだろう。

ここへ案内せよと命じると、川村め這入って来るなり、案の定、姦婦との接吻のしめりも乾かぬ唇で、男には赤すぎる唇で、ペロペロと暇乞いの挨拶を述べた。

「それは定めし御心配じゃろう。どうか充分看病して上げて下さい」

わしが挨拶を返すと、川村は伯父の病気など少しも気掛りではないらしくニコニコしながら、

「イヤ、伯父も年が年ですから、残念ながら今度はいけますまい。それは残念ですが、実を云うと、伯父は仲々財産家なのです。そして、この僕の外には身寄りもないのです。つまり、今度大阪へ行くのは、その伯父の虎の子の財産を譲り受けに行く様なものですよ。つまり、素寒貧だった僕が、一人前の男になれるという訳です。日頃殆ど無心も聞いてくれなかった頑固親爺ですが、やっぱり伯父さんというものは有難いですね」

揃いも揃った人非人。瑠璃子が瑠璃子なら、川村も川村だ。親身の伯父に対してよくもこんな口が利けたものだ。わしはいきなり彼の横面をはり倒してやり度い程に思ったが、イヤ待て待て、今にこいつの断末魔の苦悶を見て嘲笑ってやる時が来るのだと、じっと心をおし静めた。