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はくはつき

白髪鬼

江戸川 乱歩

「冨士」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年4月~1932(昭和7)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,046 字 · 224 页

青空文庫

で、頭の中では、何を夢見ていたかと云うと、わしの生涯の主な出来事が、次から次と、フラッシュ・バックみたいに、見えて来るのだ。父の顔、母の顔、祖父の姿、自分の幼時のおもかげ、小学時代のいたずら、東京の学生生活、川村を初め親しい友達の影像、瑠璃子との愛の生活の数々の場面、おできの出来た彼女の顔の大写し、産毛の生えた瑠璃の様な肌の顕微鏡写真。という様な数限りもない夢の連続だ。

無論それは墜落中の数秒間の出来事だ。どうしてその短い間に、あんな沢山の夢が見られるのかと、今考えても不思議で仕方がない。

夢を見続けている内に、わしの身体が、何か地面の様なものに、ゴクンとぶつかったのを、幽かに幽かに感じたかと思うと、わしの意識は、漠々たる空に帰してしまった。一切合切、何もないのだ、自分もなければ、世界もない。第一存在の感じがない。ただ無、ただ空である。例えば我々が夢も見ず熟睡している時と同じことだ。

わしは死んでしまったのだ。

どれ丈けの時間が経ったかは、無論分らぬ。死人には空間も時間もありはしないのだ。だが、その漠々たる絶無の中に、何かしらある様な感じが生れて来た。