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はくはつき

白髪鬼

江戸川 乱歩

「冨士」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年4月~1932(昭和7)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,046 字 · 224 页

青空文庫

二つの洞穴の様に、物凄く落ち窪んだ目、痩せ衰えて、頬骨が飛び出し、醜い筋だらけになった、むごたらしい容貌、そこへ持って来て、何よりもゾッとするのは、日頃自慢の濃い黒髪が、一本残らず銀線を並べた様な白髪に変っていたことだ。何のことはない。地獄の底から這い出して来た、一匹の白髪の鬼だ。子供が見たら泣き出すであろう。町を歩いたら、往き来の人が逃げ出すであろう。アア、この恐ろしい白髪の鬼が、わしの顔であろうか。

思い出されるのは、昔ナイヤガラの大瀑布を、小さな鉄製の樽に入って流れ下った男の話だ。莫大な賭金を得る為の命がけの冒険であった。彼は首尾よく滝を下って、賭金をせしめたが、瀑布の下流で、救いの舟に拾い上げられた樽の中から、ヘトヘトになって這い出して来た男を見ると、人々はアッと驚きの叫声を立てないではいられなかった。ついさっき滝の上流で樽へ入る時までは、房々とした赤毛の若者であったのが、滝を落ちる一瞬間に、すっかり、白髪になってしまっていたからだ。

世の常ならぬ恐怖が、瞬く間に人の髪を白くする一例として、わしはその話を読んだことがある。

それだ。わしの場合がやっぱりそれなのだ。