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はくはつき
白髪鬼
江戸川 乱歩
「冨士」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年4月~1932(昭和7)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,046 字 · 224 页
あの墓穴の中での、わしの苦悶恐怖は、決して決して、ナイヤガラを飛下った男のそれに劣るものではない。実に歴史上に前例もない様な、恐ろしい経験であった。相好の一変したのも無理ではない。髪の毛が真白になってしまったのも尤もだ。
それにしても、アア、何という情ない姿であろう。これが昨日までの大牟田子爵その人かと思うと、あまりのみじめさに、泣かずにはいられぬのだ。
さっき墓穴を抜出した時の喜びは、忽ちにして、底知れぬ絶望と変ってしまった。わしはこの顔で、この姿で、瑠璃子に対面する勇気はない。彼女は一目見てあいそをつかすだろう。イヤ怖がって側へよりつかぬかも知れぬ。仮令又、彼女の方ではあいそをつかさずとも、この醜い老人が、あの美しい瑠璃子の夫として、平気で同棲していられるものか。それでは、あれがあんまり可哀相だ。わしが鏡の前に立ったまま、いつまでもじっとしているものだから、古着屋の主人はもどかしがって、
「お客さん、どうですね。この袷じゃ気に入りませんかね」と声をかけた。
わしはハッとして我に返って、どぎまぎしながら、
「いいとも、丁度わしに似合いだよ。それで結構だよ」