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はくはつき

白髪鬼

江戸川 乱歩

「冨士」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年4月~1932(昭和7)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,046 字 · 224 页

青空文庫

まるで夫婦だ。イヤ夫婦よりも親しい情人と情人だ。

わしが隠れている所からベンチまではほんの三尺程しか隔っていない。月光は冴え渡っている。わしの眼には、見まいとしても、彼等の顔の筋肉の一筋までも、ありありと見えるのだ。彼等の低い囁き声も、百雷の様に聞えるのだ。

彼等は子供の様に両手を取り合い、顔と顔とを向け合って、じっとしている。マア何て可愛いんだろうと、お互の顔をあかず眺め合っているのだ。

瑠璃子の顔が丁度真正面に見える。アアあの嬉しげな顔、あの溶ける様な笑顔、わしが死んでから一滴の涙も流さず、顔に悲しみの一筋をもよせなかったことが、一目で分る。

この笑顔こそ、さい前古着屋の主人が云った「悪魔の笑顔」に違いない。だが、何という美しい、あどけない悪魔だろう。生れたての赤ん坊の様に無邪気な、この笑顔の奥に、あの様な悪念が潜んでいようと、どうして信じられるものか。わしは憎みは憎みながらも、嘗ての愛妻の余りの美しさに、ついうっとりしないではいられなかった。

手を取り合って、遠くから見交わしていた二人の顔が、溶ける様に笑みくずれながら、やがて徐々に接近して行った。