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はくはつき

白髪鬼

江戸川 乱歩

「冨士」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年4月~1932(昭和7)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,046 字 · 224 页

青空文庫

わしは、それを盗み聞くと、ギクンと、心臓が喉の所へ飛上る様な気がした。アア、わしは怪我で辷り落たのではない。川村のしかけて置いた陥穽に陥ったのだ。わしは殺されたのだ。一度殺されて再び甦ったのだ。

その下手人は、川村であった。無二の親友として、妻の次に愛していた川村であった。誰のお蔭で紳士面がしていられるのだ。みんなわしが生活を保証してやった為ではないか。その恩義を仇にして、妻を盗むさえあるに、このわしを殺そうとは。

アア、わしは妻にそむかれ、友に裏切られ、友の為に殺害され、しかも彼等の手によって身の毛もよだつ生埋めにされたのだ。世の中に又と二つ、かくも残酷な責め苦があるだろうか。恨むが無理か。憤るが無理か。責め苦が烈しければ烈しい丈け、怒りは深いのだ。怒りが深ければ深い丈け、復讐心は燃えに燃えるのだ。

皆さんは記憶なさるだろう。わしの家は代々恨みを根に持って、いつまでも忘れぬ血筋だ。復讐心の人一倍に強い血筋だ。わしは已にして、復讐の鬼に化した。不義の両人をまのあたりにして、掴みかかって行かなかったのは、実にこの根強い復讐心の為であった。その場ですぐ様わめきちらす様な浅い恨みではない。