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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

酔漢どもはドッと歓声をあげて丸テーブルの傍に寄って来て、その縁にズラリと額を並べ、下から見上げてキャッキャッと笑う大騒ぎ。

中には手を伸ばしかけて、額を蹴られて仰向けに引っ繰り返る者もあれば、テーブルの上に上って行こうとして椅子から足を踏み外し、床の上で腰を抜かす者もある。他はいずれも酒瓶を叩き立てて、クカラチャクカラチャと合唱する百声千声にさながら耳の聾するばかりである。

しかしこんな事をいつまで書いていたって仕様がない。後は大体読者の御想像に委せるとして、さて古市加十はどうなったかといえば、先刻からなすこともなく、茫然と手を束ねてこの乱痴気騒ぎを眺めていたのである。本来このような散財は自分でやってこそ面白かろうが、見ているだけでは一向感興が乗って来ないものである。まして加十の身分としては、こんな散財などはたとえどう望んだとて及ばぬ鯉の滝登りだと思うから、いっそ忌々しさが先に立って、見ていればいるほど、腹が立って来るばかり。しかしこういう豪勢のいい大愉快の中で、己れ独り素面のまま碌々と顎を撫でているのは大して器量のいい図ではないから、傍らの棕梠の蔭に身を隠すようにしてなおも見るともなくその方を眺めていると、図らずも此処に一つの怪しい風景を発見することになったのである。