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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

作者も大いに希望するのだが、林はこの時はまだホテルのロビイで茫然と真名古の後姿を見送っているのだからここへ入って来る筈はない。われわれの期待に関らず入って来た者は、いな鏡の中に映じ来たものは、ホテルの支配人の禿頭だった。

禿頭は例のごとく戸口の傍で己れの靴先を舐めずらんばかりに這いかがみながら、只今内務次官が拝謁を願い出たと嘆くが如く訴えるが如くに述べ立てた。入り違いに入って来たのはフロック・コートを小粋に着こなした、五十歳ばかりの官僚型。ひどく緊張した面持で敬礼をすると、辷るようにスルスルと傍へ寄って来そうにするから、加十は驚いて、

「傍へ寄るな、風邪がうつるぞ。話ならそこでも聞こえる」

次官は物々しく眉を顰め、

「御風気。おお、それは。では早速ドクトウルを」

加十は忌々しそうに、

「放って置いてくれたまえ。それで話は何です」

次官は一風変った揉手をして、

「今朝ほどの失態はひとえにわれわれの不行届きから生じたものでございまして、早速大臣が拝謁してお詫びを言上いたすべき筈でございますが、あたかも今日は参賀の当日に当りますので、とりあえず私に」

「だからどうしたというんだ。