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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
時間はなるほど十一時間近いが、それにしても朝飯にこんなものを喰う奴はない。これだけでもお里が知れるのだが、加十はそんなことに気がつかぬ。ケチなものを注文したら化の皮が剥げはしないかと思って、無理から高価なものばかり選んで注文したんだが、これが上流の風習とちょうど反対になった。
喰べ馴れぬ食物も障りなく胃袋におさまり、心持よく気が重くなってまたウツラウツラしていると、ホテルの支配人が入って来て、何か御注文の品を持って来た使いが、じきじきお手渡したいといっていると告げる。
扉が極めて静かに開いて、鏡の中へ入って来たのは年のころ十八九の、絵に描いたような美しい娘である。何という美事な顔立ちであろう。下町の美男と美女だけが、場違いの血を交ぜずに幾代も配合された純血族の末に、このように洗練された顔だちが出来上るのであろうか。眼も鼻も唇も一つ一つそれだけで完成し切っていて、それが少しも無駄のない輪廓の中におさまり、譬えようのない清楚を、そのくせ情味のある、明るい近代的な顔をつくっている。映画好みの混血面ではない、東京の、純日本の精華である。
加十と向き合ったマントルピースの鏡に映ったのは、稀覯とも称すべきこのような美しい風景だった。