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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

泥酔者ならばこんな状況で壁に凭れる筈はなく、また、解けかかった皮帯は、たいていそれ自身の重さで前の方へ垂れかかるか跳ねかえるか、いずれにせよ、背筋の真下などで壁に接する筈はありません。……これがふつうの帯革でないとすれば一体なんです?……申し上げるまでもない、それは剣帯の端です。これで、犯人は日常帯剣する職業の人間だということが判るのです」

総監は息をひいて、

「そりゃ、どうも、実に意外……」

「兇行の瞬間を目撃した花の証言のうち、犯人は手首に何かキラキラ光るものを巻きつけていたという条のあったことを御記憶でしょう。花は腕時計かも知れぬといっていましたが、腰の下へぶら下っていたものが剣帯だとすると、当然そのものの正体が思いあたるではありませんか」

総監は思わず身を乗り出し、

「おお、すると、それは……」

「左様、あなたの官服の袖についているような袖章だったのです。これで勝手の壁の印刻がどんなものであったか、残りなく申し上げましたから、次に玄関の間に移って、多分整備員諸君が見逃されたであろうと思われるある証跡について申し上げることにしましょう。……私が玄関の間へ入って、鶴子が投げ落された窓と、その左右の壁の面を検めました際、たった一つ私の注意をひいたものがあります。