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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
……犯人は今暁三時五十分、ロード・スターを運転して赤坂区第五歳晩警戒哨、溜池交叉点を通過してアパート有明荘にいたり、かねて工作を施して置いた玄関扉の電鈴装置を阻断し、鶴子の住居の玄関の間へ忍び込んでそこの暗闇に身を潜めておりました。……それから間もなく泥酔した古市加十が玄関の間を出て行った。これがちょうど四時十分ごろです。……二三分の後、鶴子が戸締をするために玄関の間へ入って来、壁のスイッチを押したので暗闇に潜んでいた男は一ぺんに曝露される。……これから五六分の間にこの二人の間にどんな経緯があったか察するによしありませんが、鶴子は抱き上げられて窓から投げ出される最後の瞬間まで、充分に抵抗しながら、そのくせ一と言も救いを求めませんでした。すぐ傍の部屋にいる皇帝も叫び声をきかず、崖下の花も加十もそれらしい声を全然聞いておりません。いわば、黙々として死んでいった。愛情のためか恐怖のためか、ともかく、鶴子は犯人によって、何か非常な心理的制圧を受けていたという事が判ります。……犯人は身をもがく鶴子を左手で押えつけて置きながら、右手で窓掛けをはね上げ、窓の回転部を押し開けると鶴子を差し上げて窓から投げ出し、瞬間後スイッチを押して玄関の間の電燈を消しました。