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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
胡魔化して皇帝のような顎髯をつけて貰い、警固の私服を尻眼にかけて帝国ホテルを飛び出してまっすぐに銀座裏の「巴里」へ行って見ると、あにはからんや、(本日休業)という貼紙がしてある。官庁でもあるまいし、酒場ともあろうものが書き入れの元日に休業するやつはない。やはり何かわけがあるのだと思いながら念のために裏口へ廻って見たが、ここにも外部から固く鍵がおりていて人の気配もない。七時に日比谷公園の正門で秀陳と落ち合う約束をしていたので、笑子を追撃することは後廻しにすることにして急いで戻って来た。秀陳をここへ連れ出そうとしたのは、わけを話して智慧を借りる下心だったんだが、どうしたものか、その秀陳はいつまでたってもやって来ない。仕様がないから独りでなんとかアタリをつけて見る気で、ブラブラ池の上までやって来、噴水の鶴を眺めながら、一向まとまりもつかぬ事を呟いているのはすでに述べた通り。
すると、それから十分ほど経ったころ、突然バタバタと小径を駆け上って来るあわただしい靴音がするから、脛に傷もつ加十はギョッとして思わず身構えをしながらその方へ振返ると、松の下闇の中から浮かび出して来たのは宋秀陳。