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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

加十は昂奮し、

「おお、では、お前はそれを聞いたのか。そのいきさつをくわしく話して見ろ」

「手前ら、今朝八時に東京駅に到着いたしました。ただちにホテルに伺候いたします所存で、地図を手頼りに駅前から日比谷公園の方角に歩み出したのでござります。間もなくこの正門の前まで参りますと、おびただしい人数が続々とこの中に吸い込まれて参ります。手前らもそのあとについて池の汀まで参り、何事があるのかと訊ねますならば、まもなくこの噴水の鶴が市民に新年の賀詞を述べると申します。苦笑しながら汀に佇んでおりますると、意外々々、やがて定刻とはなりますれば、あの青銅の鶴は、世にも清げなる声音にて、朗々と詠誦いたしたのでありました。ああ、なんたる不思議、なんたる惑わしさ」

といって言葉を切り、加十の面を瞶めながら、

「一体、どのような歌を唄ったと思召されますか?……それは他でもない、実に思いもかけぬ、それこそは安南の国歌であったのでござります!」

寒々しい広い捜査課長室。忌々しいほど明るい電灯の下に、例によって真名古が孤影凝然と坐っている。事務机の上の拡声器がうるさい声で全市郡の捜査の情況を刻々に報じて来るが、てんで気にもならないふうで、何かひそかに心に期するところある如く、極めて平静な面持で端座している。