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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
だもんだからドアを閉めることを知らないのよ。……さアずいぶん喰べたわねえ、これから居間へ行って長椅子に寝っころがりながら話しましょう、王様もいらっしゃい」
王様は鶴子と並んで長椅子に掛けながら、依然として駘蕩たる面持ちで加十の方に振返り、
「今夜は三人でプリュニエへ飯を食いに行きましょう。五時にホテルのロビイで待っています。……正直なところを言うとあなたが一緒に行って下さるとこのひとの食慾が増すのではないかと思うからですよ。今晩も大体そんな風でしたからね。……おや、これは冗談だとしても」
加十は嶮しい小径を下って崖下の空地まで辿りつく。この時はるか頭上で何か鈍い物音がするからその方をふり仰いで見ると、何か落ちて来る来る、薄白い月の余光の中を急速によぎって重そうな物体が落ちて/\。赤い風呂敷包のようなものだが、それには人間の手足に似たものがあって、しきりに伸びたり縮んだりしている。いや確かに人間に違いない、拡がった着物の裾が風船のように膨らんで。
と思う間もなくそれは加十の鼻の先を掠め、ドスンとひどい音を立てて空地の中へ落ち込んだ。――礫だらけの空地に口を開いて倒れているのは、意外にもたったいま別れて来たばかりの松屋鶴子だったのである。